2012年11月13日火曜日

座敷わらし


遠野物語によって広く知られる様になった存在である。



――古い民家にて、誰も居ない座敷で声がする。
――行ってみると誰も居ない。
――家の繁栄のシンボル。

そんな印象を持っていないだろうか?
だが、実際はまるで違う。
まず成り立ちから語ろう。




座敷わらしというのは遠野物語が発祥かというと半分正解なのではないだろうか?
そもそも柳田國男の上梓した遠野物語は、基本的に佐々木喜善(ササキキゼン)が各地に語り継がれた口碑伝承を集めまくった物を柳田國男が再編集した物だ。
佐々木喜善の知名度は高いものでは無く、今始めて見聞きした向きも多いだろう。だが、遠野物語の発祥の地へ行ってみると、佐々木喜善記念館というものまである。生前、人間的にどうしようも無い様であった喜善であるが、集めた話は面白いので貧困も極まっていた喜善を助けるという名目もあったのだろう、柳田翁が編纂して世に送り出した。
そんな感じだ。


遠野物語というとまるで数百年以上も前から語られていた気がするが、実際はせいぜいが100年程度前の話を元に膾炙した物語である事を覚えておこう。



先に「違う」と述べた事に関して語ろう。
座敷わらしは「居るモノ」ではない。

・出て行くのを目撃される(噂が出る)
・入っていくのを目撃される(噂が出る)
この2種類を持ってして、没落した、或いは繁栄した家の過去と現在を勝手に書き換えるシステムなのだ。

遠野物語の中では、村で見ない女の子が来て、どこへ行くと聞かれ、どこそこの家に行くと答え、その後その家は繁栄したという話がある。またその逆で出て行って一瞬で没落する話もある。

金持ちの家に行ったら座敷わらしに出会った、等という話はそもそも無いのだ。

貧乏な家が裕福になったら、座敷わらしが来たと言われ、
裕福な家が貧乏になったら、座敷わらしが去ったと言われる。

座敷わらしというのは、富の移動の理由が判らない払底農民が、自分を納得させる編み出したシステムなのである。



しかし何を勘違いしたのか現代人。
「小さな子供」
「幸せのシンボル」
「田舎の座敷」
などのキーワードから
「田舎の座敷にいるちょっと悪戯好きな幸福を呼び込む妖怪」
という、とんでもない勘違いした化け物を作ってしまった。


座敷わらしが出ると言われる緑風荘という旅館が有った。
その中でも妖怪が現れるという槐(エンジュ)の間ときたら、子供の妖怪が出るならと、おもちゃを寄贈していく客が後を絶たない模様。
しかしあんな部屋で寝たら、そりゃあんた、悪夢の一つも見るわ。
馬鹿でも判る理屈だ。

この部屋は数年先まで常に予約でいっぱいだったというが、果たしてこの旅館が儲かっていたのかは定かではない。




そんな緑風荘であるが、近年火事で全焼してしまった。
焼けた時点で「繁盛していて座敷わらしは居た」というのが確定したのだ。
焼け跡を見た人間は言う。
「座敷わらしが出て行ったんだ」






後に近所でに流行る旅館が出たら人は言う。
「座敷わらしが来たんだ」









補足
一応もう一度説明する。

・緑風荘に関して
「座敷わらしが居るから流行ってたんだ」というのが間違いである。
焼けてしまってから「ああ、座敷わらしが居たんだな」というシステムである。


・後にどこかの旅館が流行った場合
「座敷わらしが来たから流行った」、ではない。
繁盛してから後付けで、「座敷わらしが来たんだ」と言われるのが正しい。




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